【私の目指すもの】“伝説をつくりたい” 理由について

今回は、私の目標である “伝説をつくりたい” 理由について、書いていきます。

この目標は、決してふざけて掲げているものではありません。

本気です。

しかも、私の人生を賭けた目標です。

何故、私がこの目標を掲げるに至ったのか、それは中学時代に遡ります。

目標を掲げた理由

私は中学時代、親の仕事の都合でしばしば、とある小児病院に短期入所をしていました(短期入所とは、障害者・児が利用できるサービスで、病院や施設等で何日間か宿泊しながら、身の回りの介助をしてもらえるというものです)。

私が短期入所していたある日、「私の目標は、大学に進学することなんです!」と、看護師さんに話していました。その話を聞いて、看護師さんは、「病気があって、ただでさえも大変なのに、そんなに頑張らなくてもいいんだよ」と言ってきました。私の頭の中は、「???」と、疑問符だらけになり、とてつもない衝撃を受けました。

「確かに病気があることは大変だけど、それが頑張らなくていい理由にはならないし、あなたが決めることじゃないでしょ」と、私は思いました。こんな偏見に近い考えをもった人が世の中にいたことに驚きました。中学時代の私は、広い世間というものをまだ知らなかったのです。その時になって初めて、障がい者に対して、勘違いした考えをもった人がいることを知りました。その看護師さんには悪気はなく、善意のつもりで言ったことだとは思いますが、私にとってはとても悔しい言葉でした。

その後、高校生になってから、世間の人からの接し方に違和感を感じることがありました。私が進学したのは、特別支援学校(昔で言うところの養護学校)の高等部でした。そこでは、障害があることであまり外出する機会がなく、世間のこと(買い物やATMを使うこと等)をしたことがない生徒たちに体験学習をさせて、卒業後の生活に活かしてもらおうという授業がよく行われていました。その授業の一環で、スーパーで買い物をする機会がありました。その時に、他の買い物客の方から、「買い物に来て偉いね」と、まるで幼い子に話しかけるような感じで言われました。私は、高校生なのに、年相応の接し方をされなかったことに腹が立ちました。車椅子に乗っているだけで、物事をしっかり考えられない・思考が幼稚なのだろうと勘違いしている人が、世の中には大勢いるのだと思い知らされました。

私はこれらの経験から、障がいがあって、身体は自由に動かなくても、心や考え方は健常者と変わらないですし、可能性だって無限大に広がっていることを、世間の勘違いしている人たちに伝えたいと思いました。その為には、障がい者自身が、健常者と同じことをする・或いは健常者でもできないようなことを成し遂げるしかないと思いました。それは大学進学や就職、社会に出てからのことにおいてです。だからこそ、私は何か凄いことをして、伝説をつくって、世の中の障がい者に対する勘違いをなくしたいです!!

 

以上の理由で、私は “伝説をつくりたい” という目標を持ちました!

また、私は障がい者として伝説をつくるだけではなく、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを抱える当事者としても、伝説をつくりたいと思っています。

次に、その事について、書いていきます。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーの当事者として “伝説をつくりたい” 理由

理由は2つあります。

まず、1つ目です。

私は高校3年生の時に、一年近く入院していました。その時に、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを専門とする病院に半年間入院しました。その病院には、療養病棟というものがあり、そこで筋ジスの患者さんたちが生活していました。一時的な入院ではなく、ほとんどの人が長期にわたって、そこで暮らしていました。私は、多くのデュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんを見ました。寝たきりでパソコンで遊んでいる方もいましたし、寝たきりではない方たちも、パソコンや趣味に時間を費やしていました。学生はおらず、大人の患者さんしかいなかったです。在宅で生活できそうな人もいましたが、何故か病院生活を選び、たまにある一時外出で家に帰る方もいました。今思うと、絶対に病院より在宅生活の方がいいのですが、その時は周りに影響されやすい私でしたので、これが筋ジスの患者さんにとっては普通のことなんだろうなと思っていました。ずっと病院にいた方が、趣味だけを楽しんでいればいいし、良い生活だなと思ってしまい、この生活をしたいと考える時もありました。

母の説得もあり、在宅生活に戻った私ですが、本当に在宅で生活できて幸せです。病院にいても、外から隔離された世界ですし(実際に隔離されている訳ではないです。気持ち的にです)、何より “病院は死の匂いがする” といいますか、居心地が悪いです。“病院は死の匂いがする” という表現は、高校の国語の授業で出てきた小説『アロエ』の一節です。病院に長く入院していて、その意味が理解できました。

話は戻りますが、大人になっても、毎日趣味だけ楽しんで生きていくのは、健常者ならニートではありませんか。趣味だけの生活は確かに楽しいと思いますが、やはり生きているならメリハリがあった方がいいと思います。だからこそ、必ず仕事をしろとは言いませんが、何かに挑戦をしてみたり、世の中に働きかける何かをしてみたりした方がいいです。私はそういう風に生きていきたいです。

これは私の勝手な解釈ですが、筋ジス専門の病院にいた患者さんたちは、その病院に隣接している附属の特別支援学校の卒業生が多く、病院にいる時間も長かった為、病院生活をする先人たちの姿を見て、あたかもその生活しかできないと思い込んでいたのではないでしょうか。また、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを抱えているだけで、大学進学や就職等、健常者の人たちができることをできないと思い込んでいたのかもしれません。周りにそういった挑戦をする人がいないから、筋ジストロフィーの当事者たちや、その支援者の人たちも「筋ジスだし、病気がどんどん進行していくから、何かに挑戦することは難しいし、可能性もないだろう」と言葉に出さなくても、心のどこかで思っていたのではないでしょうか。

そんな経緯があり、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの当事者の私自身が何かに挑戦して、筋ジスでも可能性は無限大だということを知らしめたいと思いました。そうすれば、病院生活しかできないと思っている筋ジストロフィーの当事者さんたちを勇気づけて、考えや行動をアクティブに変えられると思います。なので、私はこれからも何かに挑戦し続けて、伝説をつくりたいんです!!

 

2つ目の理由です。

私は、大学時代に、学内でデュシェンヌ型筋ジストロフィーに関する講演会を行いました。その時に、私がこれまでの人生で感じてきたことをレポートにまとめて、発表しました。その講演会の後、発表したレポートを私個人のSNSで発信しました。

そうしたところ、先程書いた筋ジス専門の病院のリハビリの先生から連絡があり、進路に悩んでいる筋ジスの子にレポートを見せたいとの話がありました。また、リハビリの先生繋がりで、私が通院している病院のリハビリの先生にもレポートのことが伝わり、その先生からも、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの息子さんのことで悩んでいらっしゃる親御さんに見せたいとお話がありました。

そうしたことがあったので、筋ジストロフィーを抱える当事者さんたちの中に、進路に悩む人がいるなら、可能性が沢山あることを教えたいですし、将来を悲観している人がいたら、筋ジスを抱えていたとしても健常者と変わらず、また、それ以上に素晴らしい最高な人生を歩めることを伝えたいです。

その為にも、私が先陣を切って、様々なチャレンジをし、人生をとことん楽しんでいきたいです。それが、私自身の人生を輝かせることにも繋がりますし、誰かに勇気や元気をもってもらえる行動になると信じています。

おわりに

“伝説をつくりたい” という目標は、私自身の悔しさから生まれたものです。最初は、逆境を乗り越えたい・世間の人を見返したいといった、自分のためだけの目標だったと思います。

しかし、高校時代に、筋ジストロフィー専門の病院に入院し、同じ病気を抱える人たちを見たことをきっかけにして、自分だけのためではなく、人のためにも目標を達成しようと思えるようになりました。

これからも、自分のため、筋ジストロフィーの当事者とその御家族のため、身体障害を抱える・自立生活を目指す当事者のために、伝説をつくります!

このブログは、目標達成に繋がる大きな一歩だと思っているので、どうぞよろしくお願いします!!!

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